#001 cruyff in the bedroom 1/3

■音楽とファッションがクロスした最初の体験について

Mucre(M):ユウスケさんはパンクから入ったということですけれども

ハタユウスケ(Y):あのね子供だったからね(笑)派手なの好きでしょ?でもねファッションに直結したのは絶対パンクだったと思う。音楽、ロック好きだなーと思ったのは世代的に絶対メタル。(1970年代生まれ)

M:じゃあ、メタル派とパンク派がいたのですね?

Y:うん、うん、みんな自然と。自然と混在していたというか、田舎だからね。(編集部注:ハタさんは大阪府枚方市出身)田舎じゃないのだけどまあ都会の田舎で。バンド盛んな高校だったんだよね。中学も。そのエリアが 枚方ブロウダウン ていうライブハウスがあったから、そのおかげでライブ・シーンっていうのがちゃんとあって。それこそ日本の古いメタル、 関西メタル って言われていたものの聖地みたいなライブハウスがあったの。

M:パンクというと、マルコム・マクラーレンヴィヴィアン・ウェストウッド が組んでやっていたようなのがヴィジュアルとして…

Y:あれはもうお約束のやつだよね。でもねー高校生でお金なかったから、さすがにヴィヴィアンなんてとても買える訳なかったよ。でもうほんとに、ジーパン破いて、 SEX PISTOLS のTシャツ着て、鋲のリストバンドをして、皮ジャンみたいな。で、 ラバーソウル を履いていたね。当時は。

M:じゃあ、パンクとメタルの人は近い格好をしていた?

Y:いや、全然違ったよ。髪型から全然違うから。メタルの人はロン毛だったし。まあそこまで俺、シーンの中にいたわけじゃなかったし、田舎で外から見ている感じだったから。

M:オリジナルだったのですか?

H:曲はオリジナルだった。

M:すごいですね。
Y:そんなことはないよ。デモ・テープとか売っていたよ。当時カセット・テープだったじゃない。当時大阪市内のレコード屋のパンクコーナーとかに置いてもらって売ったりはしていた。

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